特集【5】リニア中央新幹線の開通で「スーパー・メガリージョン」は実現するのか?【知っておきたい建設的常識】

リニア中央新幹線の開業遅れ。JR東海は2027年開業を断念

JR東海が開発を進めているリニア中央新幹線は、2027年に品川-名古屋間の運用開始を目標としていました。しかし2024年3月29日、JR東海は2027年開業を断念して、2034年以降の開業へ延期となることを発表しています。

リニア中央新幹線には、一体何が起こっているのでしょうか?また、リニア中央新幹線とは、そもそも何を目的として開業をめざしているのでしょうか?

本記事では、主に過去一年の情報をベースに、2025年1月現在を解説します。

リニア中央新幹線に関する最新情報は、随時、JR東海から、また段階的に国土交通省が発表しておりますので、最新情報を確認する際はそちらを参照してください。

リニア中央新幹線|JR東海 サイト

リニア中央新幹線開通計画の概要について

わが国は地球温暖化対策として、二酸化炭素排出量を2005年と比べて半減させる目標を掲げています。これが総合資格ナビでも何度か取り上げた、「2050年カーボンニュートラルの実現」です。 世界でも同じような流れとなっており、CO2の排出に大きな割合を占めている、輸送エネルギーの低減についても研究が進められています。

リニア中央新幹線は環境にやさしく、CO2排出量は航空機の三分の一に抑えることができるとも言われています。さらに最高時速600kmという、新幹線の2倍を超える速度で移動することができ、東京と名古屋間が約40分、東京と大阪間をわずか67分で運行します。

リニア中央新幹線は、当初、東京~名古屋間を2027年までに、大阪~名古屋間を2045年までに開通する計画が進められていました。リニア中央新幹線の中間駅は、東京~名古屋間は、神奈川県駅(仮称:相模原市)、山梨県駅(仮称:甲府市)、長野県駅(仮称:飯田市)、岐阜県駅(仮称:中津川駅)が決定しています。

大阪~名古屋間は、中間駅を奈良市付近に建設することを構想しつつ、三重県、奈良県でボーリング調査などを進めている段階で、未だ建設する場所は決定していません。

リニア中央新幹線工事の進捗状況

リニア中央新幹線の開業が2034年以降へ延期されたのは、主に静岡県の理解を得られず、該当工区の着工が遅れていることによるものとの報道が多数ありますが、実際には全線の86%がトンネルとなる、東京~名古屋間の工区では多くの問題が発生しています。

山梨県駅で地質が悪く、設計に時間がかかる影響で工事の遅れが発生しているほか、長野県では資材運搬のモノレール同士の事故による工事の中断もありましたし、2025年1月には岐阜県で、リニア工事が起因の可能性が高いと見られる地盤沈下が確認されているとの報道もされています。

静岡県では、主に大井川の水資源への影響が問題視されていて、自然環境への影響としては、ほかにも南アルプスの生物多様性への影響や、トンネル発生土による南アルプスの環境への影響に対する対策が不可欠とされ、2025年1月時点では、自然環境への懸念について、「地質構造・水資源専門部会」と「生物多様性専門部会」でJR東海側と対話を進めている状況です。

下図は2024年1月に国土交通省が発表した「工事進捗状況」となります。ここから順調に工事が進んでいる地区もあれば、静岡県のように中断している地区がある現状がわかると思います。

出所:国土交通省

リニア中央新幹線が可能とする、スーパー・メガリージョンとは?

わが国で、リニアモーター推進浮上式鉄道の研究が開始されたのは1962年。また中央新幹線が全国新幹線鉄道整備法に基づき「基本計画」に定められたのは1973年です。つまり、リニア中央新幹線は50年以上前から計画されていたもので、これは案外知られていない事実です。60代以上の方なら、1970年大阪万博に当時の国鉄が「リニアモーターカー」の模型展示をしていたことを憶えていることでしょう。

JR東海が国土交通省から、品川~名古屋間の工事実施計画の認可を受けたのは2014年10月です。それからすでに10年以上が経過しました。

そもそも、リニア中央新幹線が実現しようとしているのは、どのような目的なのでしょうか?

国土交通省は2014年3月に「国土のグランドデザイン2050」を発表しました。そこでは「リニア中央新幹線が三大都市圏を結び、スーパー・メガリージョンを構築」し、国土構造に変革をもたらすと書かれていました。

リニア中央新幹線は、東京─大阪を67分で結ぶため、東京─大阪の移動は、都市内移動に近いものになるとしています。この東京・名古屋・大阪の三大都市圏が一体化され、一つの大都市のようになったものをスーパー・メガリージョンと呼んでいます。

スーパー・メガリージョン構想は、2015年8月14日に閣議決定された、「第二次国土形成計画(全国計画)」に盛り込まれました。

基となる「国土のグランドデザイン2050」は、日本の人口が長期的に減少していくことに対する危機感から、コンパクトな国土を作るべきだとしています。国土全体ではスーパー・メガリージョンに集約し、地方では地方中心都市に集約し、農山村では小さな拠点に集約するという考えです。

第二次国土形成計画の理念は「コンパクトとネットワーク」であり、その中心がリニア中央新幹線によって形成されるスーパー・メガリージョンです。

出所:国土交通省

そして、スーパー・メガリージョンによる、三大都市圏(東京・名古屋・大阪)は、人口6000万人を超える「世界最大の大都市圏」を形成し、新たな価値を創造し、圧倒的な国際競争力を生むとされたのです

スーパー・メガリージョンが生みだす効果とは?

国土交通省が「スーパー・メガリージョン構想」の中でまとめている「期待される効果」について内容をまとめてみます。

■リニア中央新幹線がもたらすインパクト

出所:国土交通省「スーパー・メガリージョン構想」を基に図版は筆者作成

デジタル技術が普及し、大量の情報があふれる環境においても、相手との信頼形成が必要とされる場面等では、フェイス・トゥ・フェイスコミュニケーションが重要となるという志向性に加えて、ICT活用により、地方から大都市への通勤・通学や大都市から地方への移住や二地域居住が促進されていくとの考え方を表しています。

また海外へ投資を求めたり、インバウンド需要を促進したりする上で、リニア中央新幹線と高速交通ネットワークの充実により、3大都市から地方へのアクセスが改善され、訪日外国人旅行者を地方へ誘客促進するという可能性を示しています。

上記は、その後、2021年に開始した「デジタル田園都市国家構想」※につながるものです。

また、災害リスクへの対応とは、頻繁に構想されている首都機能移転やバックアップ体制の整備により、東京一極集中を解消して、南海トラフ地震や首都直下型地震に備えていくという考え方が根底にあります。

※デジタル田園都市国家構想については、前記事「特集【3】デジタル田園都市国家構想の現在【知っておきたい建設的常識】」をご覧ください。

■個性ある三大都市圏の一体化による巨大経済圏の創造

出所:国土交通省「スーパー・メガリージョン構想」を基に図版は筆者作成

三大都市圏を創造していくには、起業家、大学、投資家がオープンな環境で協働してイノベーションを生み出す知的対流促進機能を強化していくとしています。

■中間駅周辺地域から始まる新たな地方創生

出所:国土交通省「スーパー・メガリージョン構想」を基に図版は筆者作成

■スーパー・メガリージョンの効果の広域的拡大

出所:国土交通省「スーパー・メガリージョン構想」を基に図版は筆者作成

スーパー・メガリージョンに対する異論や疑問点もある

リニア中央新幹線建設工事は10年を経過して現在進行中であり、工期が大幅に遅れているとはいっても、このまま進んでいくことは間違いないでしょう。

一方で、計画策定後に生じた、国内、あるいは国際的な環境変化があります。地方創生に関してはデジタル田園都市国家構想に引き継がれている面がありますが、リニア中央新幹線建設の目的となっているスーパー・メガリージョンの実現に対しては問題点を指摘する声が多く上がっていることも事実です。

問題点としては主に次のようなものがあります。

■料金に関すること(誰が利用するのか)

リニア中央新幹線の利用料金は、東海道新幹線のぞみよりも、やや高い設定になるとだけ発表されていますが、果たしてそれで投資に見合った回収ができるのかという採算を疑問視する指摘と、また安くするとはいっても、東海道新幹線を超える料金を負担して通勤・通学できる利用者は限られるという点です。

週の大半は東京・大阪で働き、週末のみ地元に戻るような想定は考えられるので、利用は不可能ではないという意見は当然あると思います。

■大都市圏はどうやって生まれるのか

現状で大阪と名古屋は新幹線で48分の距離ですが、一つの都市圏にはなっていません。また東京や大阪・名古屋から1時間以内には新幹線の駅は複数ありますが、連携した動きはありません。

東京・大阪・名古屋の三大都市がリニア中央新幹線で一つの都市圏になるのは幻想にすぎないのではないかとの意見もあります。

■IT環境・WEB環境の変化など

新型コロナの影響で業務や取引、教育のオンライン化が国際的に促進した面があり、職場でもリモート業務が増えている現状です。WEB上に膨大なデータが蓄積され、AIが分析を行うようになり、今後ますますDX化が進んでいく。ICTがつなぐ世界に慣れ始めており、これから交通インフラの整備が巨大都市圏を構成するという考え方は、すでに時代錯誤ではないかという意見は出ています。

まとめ

第二次国土形成計画では、大都市圏が発展すれば、その恩恵が地方都市に「対流」していく、経済における「トリクルダウン」理論で考えられています。アベノミクスでも、大手企業が栄えることにより、中小企業や零細企業に利益が落ちてくるという考え方がありましたが、現状はそうなっていないという根強い批判があります。

わが国はこれから、全世界で例のない人口減少社会を迎えます。コンパクトな国・まちを志向せざるを得ない現状ではありますが、建設業は全国の交通計画や国土計画に建設工事を通して寄与していく産業であり、将来、建設業を担うべき人材は、スーパー・メガリージョンが目指すことや、今後の行く末には無関心ではいられないでしょう。

また多くの建設業はリニア中央新幹線の開通以降に、多くの建設工事を担っていくことになるでしょう。そのような観点から本記事に取り上げました。

 

(本記事は、総合資格naviライター kouju64が構成しました。)